2013年3月17日(日)晴れ
2007年の秋まで、マンションに住んでいました。回覧板をお隣りへ届けにいったら、うちとほぼ同じ間取りなのに、全然ちがう。おんなじ四角を与えられて、こうも違うのか、愕然とした。
人って、どの時点でそこを自分の居場所だと思うんだろう?
四角いフレームをたくさん作ったけれど、そこに私の見たいものはなかった。なんでだろう?集めていた陶芸用の上絵シールをペタッと貼ってみた。びっくりする。突然、ものすごく個人的なものになる。シールは大量生産されたいちごの茶碗か湯飲みに焼き付けられたものだろう。昭和のいつかに、このいちごがついたお茶碗が出回ったろうが、このいちごのお茶碗を持った子にとっては、彼女だけのいちごちゃん。家族にとっても、〇〇ちゃんのお茶碗。
この作品ができてしまった(←必然だから)のは、2008年。私は松本にあるギャルリ灰月さんでの個展を控えていた。ナチュラルなものを扱う灰月さんは、この作品に「うん」というだろうか…。
「これをDMに使いたいんです。」
「無理。わたし、ピンク、ダメなんです…」
「これ、ふゆちゃんだよ」(ふゆちゃんとは、彼女の娘さん)
「………」「ふゆだ。」(彼女の目に少し、涙。)
「これ、貼った瞬間、ふゆちゃんって思った。私もピンクが好きなわけではないし、家にピンクのものがあるわけじゃないけど。今生きてるから。作らなきゃいけなかった。代弁?かな…」
「わかりました、やりましょう。」
会期中、同世代の女性が話しかけてきた。
「娘が幼稚園のとき、うわばきの袋をつくって。そのとき、私、自分の好きな青をいっぱい使って作ったんです。そしたら、あとで娘が男の子みたいって言われたって。なんだか、その時のこと、思い出しちゃった。女の子はピンク、男の子は青って、あれは誰が決めたことなんでしょうね?」

